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コレクション展「鴎外と子どもたち―於菟、茉莉、杏奴、類が語るパッパ」展示会場から その2
投稿日時: 2026-02-22 (41 ヒット)
開催中の展覧会から展示資料を紹介します。

茉莉自筆原稿『シルレルとウンテル・デン・リンデン』(『ドッキリチャンネル』141) 昭和57年発表 【100308】
鴎外の長女・茉莉による雑誌「週刊新潮」(昭和54~60年)に連載した『ドッキリチャンネル』の原稿です。茉莉流のテレビ評として人気を博しましたが、話題はテレビに留まりません。鴎外との思い出も頻繁に登場します。表題は、鴎外が愛読したドイツの詩人シラーと、小説『舞姫』にも登場するベルリンの大通りウンター・デン・リンデンを指しています。
本展で展示している箇所は、4枚目と5枚目です。
4枚目は鴎外の最晩年、病床にある時のエピソードです。茉莉は日本を離れ、フランス留学していた夫・珠樹の元にいました。鴎外はヨーロッパにいる茉莉を想い、「一生の中で一番楽しい刻(とき)だ」と、自らの病状、危篤、死を茉莉には知らせないよう、志げに伝えたといいます。かつて青春を謳歌したドイツ留学を思い出したのかもしれません。
5枚目では鴎外の表情について語っています。鴎外は笑う時、「胸の中に隠している楽しいことを、その人だけに、そっとしらせ」るような表情でした。一方、学問や文学について考えている時の鴎外の「目は鋭くて射るようであった」と回想しています。同じような鋭い目を持った人物として心理学者・矢田部達郎と野球選手・長嶋茂雄を挙げ、ようやくテレビの話題に戻ります。
本稿発表時、茉莉は79歳を迎えていましたが、鴎外との思い出は鮮明で、その存在が掛け替えのないものであることが伝わってきます。また、原稿の筆跡ははつらつとしており、次々と変わる話題はまるで茉莉のおしゃべりを聞いているかのようです。会場では本稿を含めた4点の『ドッキリチャンネル』自筆原稿を展示しています。


