お知らせ
コレクション展「鴎外の『意地』のはなし」展示会場から その2
葉書「石黒忠悳筆 鴎外宛」
大正元年10月2日(下左)、大正2年6月22日(下右)
差出人の石黒忠悳(ただのり)は近代軍医制度の成立に関わった陸軍軍医で、鴎外の上司にあたる人物です(この時は既に退官)。
1枚目は鴎外にとって初めての歴史小説『興津弥五右衛門の遺書』発表時に送られた葉書で、『興津弥五右衛門の遺書』を発表した雑誌の名を尋ねる内容です。大正元年10月、現在も刊行が続く総合雑誌「中央公論」に掲載されました。
2枚目は初めての歴史小説集『意地』発行時に送られた葉書です。出版社(籾山書店)から『意地』(大正2年6月)を送られた石黒が、既に『阿部一族』『興津弥五右衛門の遺書』を読み終え、夕刻から『佐橋甚五郎』を読むのを楽しみにしていると綴っています。
石黒は、鴎外の歴史小説執筆に深く関わっている乃木希典と親しい間柄でした。乃木は殉死に際して、複数の遺書をのこしていますが、その中の一通は石黒に宛てたものでした。陸軍草創期から共に歩んできた乃木の死を、石黒も重く受け止めたことでしょう
石黒は乃木と興津弥五右衛門を重ね合わせ、評論家・横山健堂に語っています(横山健堂『大将乃木』)。そして、鴎外の『興津弥五右衛門の遺書』について「鴎外の文才に驚けり」と感想を述べました。