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コレクション展「近所のアトリエ」展示会場から その1

 投稿日時: 2024-02-23 (560 ヒット)

 「小倉日記」明治33年3月24日 他筆浄写、鴎外題箋・書入れ 【200131】

 
洋画家・長原孝太郎と鴎外が初めて出会ったのは、明治20年代後半とみられますが、長原の名が鴎外の日記に初めて登場するのは明治33年のことです。
当時、小倉に赴任していた鴎外が一時帰京した際、長原から書簡を見せてもらったことが記されています。
その書簡とは、幕末の教育者として知られる吉田松陰から長原の父・武に送られたもの。
竹中藩士だった武は松陰と同じ山鹿素行に兵学を学んでおり、松陰と親しい間柄でしたが、松陰は安政6年、武は慶応4年に死去しています。
明治維新に大きな影響を与えた松陰の書簡を、鴎外も興味深く目を通したことでしょう。
松陰から武に宛てた書簡は、現在、東京国立博物館が所蔵していますが、鴎外が見た書簡と同一かは分かっていません。
 
なお、長原の号は「止水(しすい)」といい、止水名義の作品も多く残しています。
武の号「止戈(しか)」(武器を持たぬの意、武の漢字を分解したもの)に倣い、長原は「止水」(心が静かで動かぬの意)と名付けたとされています。
 
コレクション展「近所のアトリエ」は4月7日(日)まで開催しています。


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