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特別展「一葉、晶子、らいてう―鴎外と女性文学者たち」 展示会場から その1
一葉筆三宅花圃宛書簡 明治25年8月4日付 台東区立一葉記念館蔵
一葉は、かつて文京区内にあった歌塾・萩の舎(はぎのや)に通っていました。萩の舎は歌人・中島歌子が明治10年頃に開いた塾で、華族や良家の子女が多く在籍していました。萩の舎の姉弟子に、三宅花圃(田辺龍子)がいます。花圃(かほ)は明治21年に小説『薮の鶯』を刊行し、一葉に先立って世に知られる存在となっていました。
本書簡は、一葉が花圃に宛てたものです。当時、一葉は雑誌「武蔵野」に『五月雨』を発表したばかりでしたが、「武蔵野」主宰であり小説の師である半井桃水から距離を置いていました。花圃は、そんな一葉を文芸雑誌「都の花」に紹介します。
書中で一葉は、同誌に掲載予定の作品を明治25年7月中に脱稿するつもりが、肩こりや頭痛のため遅れていることについて、丁重に詫びを入れています。このとき執筆していたのが小説『うもれ木』で、本作は「都の花」95~97号(明治25年11月~12月刊)に掲載されました。
鴎外主宰雑誌「めさまし草」掲載の合評『雲中語』によると、鴎外は一葉没後に刊行された全集で本作を読み、まだ未熟ながらも「亡き人の惜まるゝなり」と言葉を寄せました。
本資料は、5月6日(月・祝)までの限定展示です。(5月7日以降は複製を展示します)
また、明日4月17日(水)は、14時よりギャラリートークを開催します!
この機会に是非ご覧ください!(ギャラリートークは申込不要ですが、観覧券が必要です)