お知らせ
投稿日時: 2024-03-14 (435 ヒット)
長原孝太郎《残菊》制作年不詳 油彩、キャンバス 【100268】
暗い背景に置かれた花瓶に、草花が無造作に生けられています。
小ぶりながら生命力を感じるキク、しなやかなススキの穂が秋を連想させます。
描かれた経緯や制作年などは分かっていませんが、キャンバス裏には長原が長く暮らした駒込動坂町の住所が印字された長原の名刺が貼られ、余白にインクで「残菊」と書き込まれていました(筆者不明)。
鴎外の三男で長原に絵画を学んだ類は、長原の家には「床には枯れた秋草をさした支那の壺があった」(森類『鴎外の子供たち』)と回想していますが、どこか本作と重なるようです。
この油彩画作品は長原と鷗外に親交があることを知った文京区民からご寄贈いただき、本展で当館初公開となりました。
隣に並ぶのは、鴎外の長男・於菟旧蔵の《花鳥図》。洋画家でありながら日本画作品も描いていた長原の器用さを感じさせる一点です。
是非会場で表現や筆致の違いを見比べてみてください。
コレクション展「近所のアトリエ―動坂の画家・長原孝太郎と鴎外」は4月7日(日)まで開催しています(会期中の休館日:3月25日(月)・26日(火))。
皆さまのご来館をお待ちしています!
投稿日時: 2024-03-04 (410 ヒット)
ウェブサイト内の「館蔵品紹介」ページで、所蔵資料を画像と共に紹介しています。
今年度開催の展覧会にちなんだ、所蔵資料10点を新たにアップしました。
ご自宅でも当館のコレクションをお楽しみいただけます。是非ご覧ください!
投稿日時: 2024-02-23 (561 ヒット)
「小倉日記」明治33年3月24日 他筆浄写、鴎外題箋・書入れ 【200131】
洋画家・長原孝太郎と鴎外が初めて出会ったのは、明治20年代後半とみられますが、長原の名が鴎外の日記に初めて登場するのは明治33年のことです。
当時、小倉に赴任していた鴎外が一時帰京した際、長原から書簡を見せてもらったことが記されています。
その書簡とは、幕末の教育者として知られる吉田松陰から長原の父・武に送られたもの。
竹中藩士だった武は松陰と同じ山鹿素行に兵学を学んでおり、松陰と親しい間柄でしたが、松陰は安政6年、武は慶応4年に死去しています。
明治維新に大きな影響を与えた松陰の書簡を、鴎外も興味深く目を通したことでしょう。
松陰から武に宛てた書簡は、現在、東京国立博物館が所蔵していますが、鴎外が見た書簡と同一かは分かっていません。
なお、長原の号は「止水(しすい)」といい、止水名義の作品も多く残しています。
武の号「止戈(しか)」(武器を持たぬの意、武の漢字を分解したもの)に倣い、長原は「止水」(心が静かで動かぬの意)と名付けたとされています。
コレクション展「近所のアトリエ」は4月7日(日)まで開催しています。
投稿日時: 2024-02-20 (385 ヒット)
2月26日(月)~28日(水)は、燻蒸作業のため全館休館となります。
2月29日(木)より通常通り10時に開館いたします。
コレクション展「近所のアトリエ―動坂の画家・長原孝太郎と鴎外」を引き続きお楽しみください。
投稿日時: 2024-01-21 (429 ヒット)
1月22日(月)、23日(火)は全館休館です。
1月24日(水)より通常通り開館いたします。
引き続きコレクション展「近所のアトリエ―動坂の画家・長原孝太郎と鴎外」をお楽しみください。
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